サティとドビュッシー
大きく見ると、歴史と言うのは陽と陰、プラスとマイナス
2つに分かれて進むことが多いのです。
いや、別にココまで大きな話にしなくてもいいのですが・・・
たとえば、音楽でも、「●○●派」というのがあるとそれに対抗する、
「◆□◆派」と言うのがなぜか、出てくることが多いんです。
対立するものが、ケンカすると大変ですが、
上手く刺激しあって、互いに発展することもよくあります。
クラシック音楽でも、古くは、モーツァルトとサリエリとか。
少し新しくなると、ブラームス派とワーグナー派。
そして、フランスでもドビュッシーとサティ。
この二人、ケンカするほど対立・・・とまではいかないのですが、
緩やかな対抗意識・・・といいましょうか。
だいたいこの二人、もともとは兄弟分みたいな関係だったのです。
サティの有名なピアノ曲に「ジムノペディ」というものがあります。
これ、きわめてシンプルな、サティ初期のピアノ曲です。
多分、タイトルにピンと来なくても、旋律を聞けば、ほとんどの方が知っているはずです。
このピアノ曲、後に管弦楽(オーケストラ)に編曲されているのですが、
その仕事をしたのが、ドビュッシーなんです。
ラトル/THE PREMIUM〜サイモン・ラトル&ベルリン・フィル名演集
先の、「梨の形をした3つの小曲」はまだドビュッシーとサティが仲良かった頃、
ドビュッシーがサティの音楽に対して
「君の音楽には形式(forme)が欠けている(もっと曲の形をしたものを書くように)」
と忠告され、その答えとして捧げられたのがこの曲だという有名なエピソードがあります。
ちなみに、フランス語で「梨(ポワール)」には間抜けとか、アホと言う意味があるそうです。
一筋縄では行かない不思議なおじさん。サティでした。
彼は後に、6人組のひとり、ミヨーと共に「環境音楽」の実験を試みたりしています。
これは、今で言う「BGM」の先駆けですね。
