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プーランクとサティ

プーランクが25歳のとき、有名なロシア・バレエ団を率いる
ディアギレフによって、バレエ「牝鹿」が初演されます。


【CD】プーランク:牝鹿*バレエ音楽

このディアギレフと言う人は、今で言えば、スピルバーグのような
いわゆるプロディーサー的な活躍をした人です。

特に、クラシック音楽史においては特筆すべき人物で、
彼のおかげで、世に出た音楽家や作品がたくさんあります。

先日も書きましたが、ディアギレフによって興行されたバレエ「春の祭典」
(ストラビンスキー作曲)の初演を青年プーランクも、目の当たりにしています。

【音楽CD】メータ/ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》 他

プーランクも、いつかはこんな舞台で作品を発表したい・・・そう思ったかもしれませんね。

わずか10数年後、その夢は、実現しました。
そして、プーランクの作曲したこのバレエは、評判になりました。

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さらに、意外だったのは、前から6人組みには批判的だった、
・・・つまり、ドビュッシー寄りの批評家が、この舞台に好い評価を発表したことでした。
すると、そのことに今度はサティが、気分を悪くするんです。

「あんな批評家の言うことに、振り回されるな」

みたいなことを、プーランクたちに忠告するんですね。・・・なんだか、
大人の人間関係って難しいですネ。

でも、若い6人組にとっては、結構有名な批評家に持ち上げられるのは、悪い気がしないのです。
そして、あろうことか6人組の他のひとりが、勢い余ってサティに批判的な文章を発表してしまいます。

「サティよ、さらば・・・」    (なにぃ〜!)

ってな感じになってしまい・・・結局、プーランクは、サティと仲が悪くなってしまいました。

プーランクは、その後も、何度かサティとよりを戻そうとしたみたいですが、
結局、翌年には、サティは亡くなってしまいます。
(合掌・・・)

実は、この翌年に、例の「のだめ」たち「ヤキトリオ」が演奏した
「オーボエとバッソン、ピアノのための三重奏曲」 が完成するんです。

こう書くと、へええ〜って感じですね。

サティの死とは、直接は関係ありませんが、プーランクはこの曲の創作に数年悩んだ挙句、
結局、この頃に使う楽器をクラリネットからオーボエに変更して、その後は順調に完成しました。
何らかの心境の変化はあったのかもしれません。