プーランクと6人組
プーランクが21歳のとき、6人組の記事が雑誌に載ります。
これは、ジャン・コクトーの周りに集った作家たち・・・・
ダリウス・ミヨー、アルチュール・オネゲル、フランシス・プーランク、ルイ・デュレ、
ジェルメンヌ・タイユフェール、ジョルジュ・オーリックの6人です。
まるで、歴史のテストの時間みたいですが。さらっと流してください。
6人組と言うのは、前世紀のムソルグスキーらロシア5人組みと対比させ、
「フランス6人組」として、反ドビュッシーをとなえ、サティの美学を中心に集まった若者たち、
という内容でした。
彼らは、古典に立ちかえると同時に、より簡素でストレートなもの、民衆のなかに生きつづける
ユーモアと知恵に目を向け、つぎつぎと新しい音楽を生みだしていきました。
しかし本人たちは、それほど党派的な意識は無かったようです。
また、コクトーを中心に集まっているのだから、本来は「7人組」となるべきなのですが・・・
参考にした本の作者が想像するところによれば、コクトーが、参加していないのも、意図的に、
彼が記事を書かせたのではないか?・・・という説もあるそうです。
またこの頃、第一次世界大戦は終結していましたが、プーランクは
まだフランスの軍隊に従軍中でした。
翌年、プーランク22歳のとき、ようやく除隊となり、彼はイタリアへ初の海外旅行を行います。
このとき、イタリアの作家と交わったりしたようです。
参考資料:小沼純一著
パリのプーランク その複数の肖像 (99.9.25春秋社版)