シューマンの春
千秋が、常任指揮者になって初の演奏会で「春」が「冬」という
悲惨な結果となってしまった、あの曲です。
これはシューマンの交響曲第一番変ロ長調op38 のことです。
当初は各楽章に春にちなんだ名前がつけられていたことから
「春」と呼ばれることもあるんですね。
千秋が、常任指揮者になって初の演奏会で「春」が「冬」という
悲惨な結果となってしまった、あの曲です。
これはシューマンの交響曲第一番変ロ長調op38 のことです。
当初は各楽章に春にちなんだ名前がつけられていたことから
「春」と呼ばれることもあるんですね。
作曲家ではなく、有名な楽器製作者の名前ですよ。
アントニオ・ストラディヴァリ。
17世紀後半からイタリアで活躍した、ヴァイオリン職人であり、彫刻家、デザイナー、芸術家。
大きく見ると、歴史と言うのは陽と陰、プラスとマイナス
2つに分かれて進むことが多いのです。
いや、別にココまで大きな話にしなくてもいいのですが・・・
プーランクは、フランスの6人組の一員として、広く世に知られるようになった、
と言う話を前回まで、何度かしましたね。
この6人組の中心的存在に・・・というか、
勝手に精神的シンボルに祭り上げられたのが、サティだったのです。
プーランクだけでなく、19世紀から20世紀にかけて、
フランスのクラシック音楽の話をするとどうしても避けて通れない人物。
それが、この方、エリック・サティです。